薩摩の秘剣 野太刀自現流

notachi

 九州男子と聞くと、大柄で猛々しい人を思い浮かべてしまうのですが、そのイメージの源流にあるのって薩摩の武士なんじゃないだろうか。

 本書を読んでそんなことを感じた。

「チェスト―!」の掛け声は某人切り漫画にも出てくるので、剣術について知らない私でも知っています。野太刀自現流はその掛け声のモチーフになった剣術です。(※ちなみにその掛け声に関する逸話もあります)

 現代において、人を切るための術が残っているというのは貴重で、しかもそれが昔と変わらぬ形で残っているというのはとても価値があることです。(参考動画
毎年夏に合宿が開催されているそうなので、私もいつか機会があれば参加したいです。

 本書は剣術を中心に置かれていますが、歴史や訓練法そして薩摩の文化にまで言及されています。

 剣術についてももちろん興味深いのですが、一番興味深かったのが郷中教育に関する話。

舎の行事として、霧島の登山に出かけた時のこと。今では考えられないが、子共たちだけの行軍で、高校二年のリーダーが全ての指揮をとった。無事に下山できたと思った時、なんと当時は貴重品であったラジオを、頂上に忘れたことに気づいた。すると、リーダーの先輩が、黙って一人で取りに戻り、後輩を一言も責めなかったそうだ。

※色んな年代の青少年が自主的に文武を学ぶ教育機関=舎

 体育会系でよくある上下関係というのは、こういうところに原点があるのではないかと思います。年上だから偉いとかではなく、行動からして尊敬できる先輩がいて後輩は自主的にそれを手伝ったり、進んで雑事を引き受ける、と。心から尊敬ができる人に対しては、やっぱり尽くしたいとか僅かでも力になりたいと思うものです。
 だけど、そういう形だけが残ってしまうと「雑事は新人の仕事」「上級生(上司)の言うことは絶対」となってしまう。
 目上の人だから尊敬できるかというと、やっぱり全ての人がそうであるわけではない。だからこそ、純粋に尊敬できる人が近くにいる文化があるってのはとても素晴らしいことだと思います。

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