なぜ評価してしまうのだろう?

 なぜ評価してしまうのだろう?
 わたしたちはなぜかものごとを評価したがってしまう。
 
 事実は事実でしかなくて、それ以上でもそれ以下でもありません。
 それでも、「サイコロで1が出たから次は1はでないだろう」などとおもってしまいます。

 理由があるとなんだかあんしんするからです。

 それで期待した結果とちがえば、なんだかうらぎられたような気分になります。
 だから、いっそのこと評価するのをやめてしまったほうがらくなのかもしれません。

「わからない」にとどまっていたほうが一喜一憂しなくてすむはずです。 
 
 なぜ評価してしまうのだろう?

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク