言葉を発しない会話

頭の中の言葉の解読に成功したというニュースを見ました。
 
 要するに、自分が頭の中で「喋った」と思ったことを解読できることだと思います。「頭で強く意識した」とあるので頭の中を覗かれるとは違うでしょう。脳性麻痺などで言葉を発せない人が伝えたいと思ったことを受け取ることはできるし、そういったことが期待されているのでしょうね。

 この研究を見た時に一番最初に思ったのは、「言葉に出して会話すること」がより明らかになるということでした。
 会話すること(コミュニケーションではなくあくまでも会話)にはこれまで「言葉」が必須でした。それが必要ではなくなるかもしれないとなったら、会話の定義が揺らぎます。これまで通りのあり方では通じなくなる時、深い再認識が必要になり、新たな発見があるはずなのです。

 たとえば「声を発する会話」と「音を発しない会話」にはどんな違いがあるのでしょう?
 50音が識別できたとして、抑揚はつけられるのか、それがすらすらと文として通じるのかは別問題ですよね。
 
 そして、技術革新が進んだとしたらテレパスのように言葉を発しなくてもコミュニケーションができるようになるかもしれません。そういう時に人間の身体はどう変化していくのか?
 喋らなくなるということはそれだけ表情筋を使う機会が減るので、無表情に近い人が増えてくるかもしれません。
 そもそも、声を発するということはどういうことなのかを見直さなければいけないかもしれません。声=音を発するということは空気を震わせて、現実世界に対してある種の干渉をすることでもあるので、そうした干渉能力が衰えた人と人の距離感はより疎遠になってしまうことも考えられます。
 逆に感じたり、受け取ったりすることに特化することで共感能力が高まって、争いが少なくなることもあるかもしれません。

「非言語コミュニケーション(しぐさ、表情など)」との違いなんかも考えてみると面白いかもしれません。
 こういう発見や研究はワクワクしますねー。人間の身体にはまだまだ神秘がたくさんあります。

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