関係構築のパターン性

 昨日、自分の会話のパターンについて話していた。
 俯瞰してみると、わりと自分のパターンが存在することに気づきます。

 人と仲良くなるときに、私はまずちょっと広めの距離感をとります。そして、相手に「近づきますよ」とシグナルを送ったり、反応を見ながら徐々に近づいていく。
 だから、どうしても1度だけ会って意気投合ということが起こりにくいです。
 とはいえ、長期的な付き合いにおいてはわりと安心感を与えることが多いように思える。

 そういうパターンというのはおそらく私自身が、己のスペースに土足で踏み込まれることを嫌うことに起因するのだと思います。
 ただ、中にはなんの警戒心もなく懐に飛び込んでくるのに、不快ではない人がいます。それはすなわち、ぐいぐい来る人が苦手なのではなくて、ぐいぐい来る人の多くが持つ特徴が苦手なのかもしれない。その特徴さえ持っていなければ全然構わないのでしょう。

 だから、自分が現在行っている会話のパターンも無意識のうちに身につけたもので、本当に自分に合ったパターンなのかはわからない。意図して変えて確かめてみる必要があるのだと感じた。

 私の場合は、あえて踏み込んでみることでしょう。
 だけど、相手に敬意を持っておく。タメ口をきいたら敬意がないのではなく、敬語を使えば敬意を払っているわけではない。
 爽やかなずうずうしさとでも言えばいいのかな。それは相手の自由を保障することなのでしょう。
 例えば、身体の距離感をグッと近づけてみる。もし、相手がそこに居心地の悪さを感じれば距離を取るでしょう。そこで、更に一歩踏み込んだり、傷ついたような顔をすることは相手をコントロールする気持ちが働いている証拠だ。
 だから、自分はそこで留まっておけばいい。また別の機会があるでしょう。

 カウンセリングとかもそうだけど、自分の棚卸をして、それを再認識・再構築していく作業はもっとしていく必要があるなと感じた。しばらくはそれ関連の記事になるかもしれません。

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コメント

  1. […]  昨日の関係構築からもう少し具体的な会話のパターンについての話です。 […]