生命と同等の価値のあるもの

 家の鍵につけていたキーホルダーが千切れた。
 
 千切れた瞬間に私はそのことに気づかず、キーホルダーだけが落ちていた。
 幸いにも見つかって、これをどうしようかと思っている。
キーホルダー 

 
 思えば15年以上も使い続けていた計算になる。 
 あまり物持ちの良くない私にとっては、驚異的とも言える期間愛用していたことになる。
 
 鍵は外出する時、必ず持っていくものだからこれまでの人生で私が一番長い時間身につけていたものになるでしょう。
 眺めているだけで、しみじみとした気分になる。
 
 上遠野浩平さんの小説にソウルドロップシリーズというものがある。ペイパーカットという泥棒(?)は高価な宝石や金の代わりに「キャビネッセンス=生命と同等の価値のあるもの」を盗む。それを奪われてしまったものは死ぬか、生きていても深い喪失感を味わうことになる。

 面白いのは、このキャビネッセンスが金銭的な価値は必ずしもないということ。
 あくまでも盗まれる本人にとって「生命と同等の価値のあるもの」なのだ。

 夢や目標のような抽象的なものではなく、物体なのだ。
 でも、その物体には今の自分を形作ったエピソードや想いが詰まっている。 
 それがゆえに盗まれてしまうと、その人ではいられなくなってしまう。
 
 ただ、重要なのは物語においてキャビネッセンスがなんなのか盗まれる被害者は気づくことができない。
 あまりにも大事なものは、自分と同化してしまい、それがあることを意識しなくなってしまう。
 鏡なしには自分を外から眺めることができないのと一緒だ。
 だから、怪我をして初めて健康の大切さを知るように、失って初めて気づくことになる。
 
 私にとってキャビネッセンスがあるならばこのキーホルダーなのかもしれない。
 嬉しい時も楽しい時も、辛い時も悲しい時も、どんな時だってポケットの中で共に歩んできた。
 
 人間の想いは時にその身体に収まり切らず、現実に滲み、溢れ出す。
 そうして私の身体から零れ落ちた強い想いを全て吸ってきたのだ。
 これはキャビネッセンスたる資格があるように思う。
 
 なんからの形で修復してこれからも肌身離さず身につけていこうと考えています。
 でも、死ぬまで持っているつもりはありません。
 
 欲しいと、必要としている人が現れたら、プレゼントして繋げていきたい。
 それがあるべき使い方なんじゃないかと漠然と感じています。
 
 あなたにとってのキャビネッセンスがあるとしたらなんでしょう?

 

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