インタビューゲーム

ことばこ寺子屋塾さん主催のファシリテーション講座に参加してきました。

 その中で、インタビューゲームというゲームを行いました。文字通り、2人1組で20分ずつ互いにインタビューをしあうわけです。
 体験なしには語れない内容なので、詳しい説明は割愛します。

 さて、このインタビューゲームを通して印象に残っているのは2点あります。
 1つは、私達の日常会話というものは物凄く不安定な上に成り立っているんだなということ。
 互いの利益や思惑が交錯する中で、喋りたくもない話を喋らされ、聞きたくもない話を聞かされている。ともすれば、腹の探り合いのような不毛な会話が繰り広げられている。それは酷くもったいないことのように思いました。
 逆に、仲の良い友人というのは、互いの踏みこんでいい場所とそうではない場所が暗黙のうちに線引きされているから、安心して交流できるのかもしれません。
 だから、人見知りを自負する人は、もういっそのこと自分との上手い付き合い方を最初に口頭でも文書でもいいので伝えてしまうことも有効な手かもしれないと感じます。「無愛想に見えるかもしれませんが、喋り掛けられると喜びます」そんな宣伝文句を見たら、ちょっと話しかけてみようとは思わないでしょうか?
 
 
 2つ目は、時間制限は自分を縛るためにあるのではなく、自分の能力を最大限に引き出すために設定するということ。
 その目線で考えてみると、時間の設定の目安がわかってきます。
 例えば、部屋の掃除をしたい。
 部屋の広さや散らかり具合にもよりますが普段は10分で掃除できる部屋だったとしましょう。
 それを10秒で掃除するというのは明らかに時間設定を間違っています。それではまともな掃除はできません。
 けれど、5分でやろうとすることは意味があるように思います。どうすれば半分の時間で掃除できるかを考え、実践してみることで課題やゴールが見えてきます。
 困難ではあるけれど、決して不可能ではない。そのギリギリを狙うことでベストを尽くそうという気が起きるものです。
 その結果の良し悪しは、さほど重要ではなくて、出た結果に対してどうしていくかが問われるのでしょう。
 事実は事実に過ぎず、そこに解釈を加えることで初めて私達の感情は揺さぶられる。すなわち、0点を取るか100点を取るかは重要ではないのでしょう。

 なにはともあれ、色んな年代や価値観に触れる機会にもなり得るものの多い時間でした。

 終わりがけに質問力についての議論がなされてて、ずっと引っかかりを感じて考えていたのですが、ハッとさせられる質問ってシンプルで素朴な疑問だと思います。ただシンプルであればいいのではなくて、質問者の人生を背景に持った素朴な質問。別の人生を送ってきたからこそある違った視点からなされる疑問は、思わず芯に響いてくるような気がしました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメント

  1. […]  そんな質問をするのではないでしょうか。  昨日のインタビューゲームと関連することでもありますが、なんで私達はその人の肩書きを知ろうとするのだろう?  最初の質問として […]