続いていることの偉大さ

 ただ続いている、というだけのものなんて凄くもなんともない。

 だって、続けるだけなら誰でもできる。大して流行ってもいない小さな喫茶店なんて、半ば道楽みたいなものじゃないか。
 それで20年続いていたとしても、感心もしない。

 自分が20になるくらいまではそう思っていた。それは大いなる誤りだった。珍妙奇天烈的外れ。恐れ多くて、下げた頭が地面い埋まりそう。
 今になってそれを痛感している。
 20を超えたくらいからは頭ではわかっていた。続けることってそう簡単なものじゃない。
 でも、考えていただけで感じてはいなかった。
 
 長く続ければ続けるほどに色んな問題が起こる。そういう障害を越えて続けていくにはやっぱり何らかの情熱や信念、そして周囲の支えがないと難しいんだ。ブラックだなんだと言われていてもそれなりに続いている企業があるのは、それを支えている人がいるからなんだ。

 町の小さな喫茶店、冴えないおじさんがやっているように見えたとしても、その背後にはその場を愛する常連が控えている。1人じゃなにもできない以上は、お店にしろ事業にしろ、それが続いて欲しいと願う人々がいるってこと。

 最近、今まで接したことのなかった人とも接する異界が増えてから、感じ方が変わってきた。
 なんでもないと思っていた人の偉大さに気づき、親しみを感じていた人の大きさに圧倒される。世の中は凄い人ばかりで、私はまだまだあまりにも未熟で、学びをもっと深めていかなければいけない。 
 楽しいなー。
 みっともない大人が増えたと言うけれど、そんなに捨てたもんじゃないですよ。ただ、気づいてないだけじゃないですかね。

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