見えないものも見えるように工夫する

「見える化」って言葉は以前から様々なところで使われますが、やっぱり大事だなと感じます。

 私達は想像以上に視覚に頼っていて、バランス感覚の弱い人は目を瞑るだけでもまっすぐ立っていられなくなります。泳いでいる最中に耳が上手く聞こえなくてもさほど問題にはならないけれど、目を瞑ったらどこに泳げばいいのかわからなくなる。

 例えば、あなたの身体は歪んでいます、と言われてもなかなか納得できないわけです。確かに、身体の痛みや不調は半身に起こりがちなのだけど、歪んだ身体が当たり前になっている場合は違和感を感じません。肩の高さが左右で違いますよ、と指摘しても「えっ? そう?」と聞き返されることなんて珍しくない。
 そういう人を鏡の前に立たせたり、写真を撮って視覚的にわかるようにすると、確かに肩の高さが違っていて、納得してくれます。

 実体があるものはそうして見せて取り除けばいいのですが、心とか目に見えないものをどうやって取り扱えばいいのでしょうか?

 苛立ちや不安感を掴むことはできません。だったら、掴めるようにしてあげればいい。
 メモ帳でもポストイットでもいいので、自分の感じたネガティブな感情を端的に書き出す。そうすれば、その紙は掴むことができる。後は丸めて捨ててやればおしまい。
 子供騙しのように聞こえるかもしれないけれど、騙されたと思ってやってみると結構効果があります。いかに視覚に引っ張られているかってことですね。

 まあでも、目に見えるものだけが全てじゃないってことは心に留めておくべきだとも思います。
 人間の気だって、空気だって、放射線だって、基本的に目に見えないものです。でも、それは確かに存在していて影響を及ぼすものだから。

 

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