当事者性の欠如

 昨日、イベントに行って凄いものを見た。
 明確な道筋の決まっていないテーマだけが決まっていたイベントだったのだけど、最初は進行役のような人がいて、話は進んでいったのだけど、だんだん誰にも舵取りができなくなって、次の展開を誰も予想できないような混沌とした場になっていた。
 
 別にそれを否定するわけじゃなくて、むしろかつてないほどにライブ感があった。わりと抽象的なテーマだったものが、その場にいた人の関心の強かった1つの話題に集約され、発言があっちからこっちから飛び交っていた。

 そんな中、私はその場の中にいながら第三者的な視点で観察していた。
 語られることに対して、私はなんだか当事者性が感じられなかった。自分にとっても決して無関係のことではないのだけど、一部の参加者の想いの溢れる言葉に圧倒されてしまい、ただ聞くことしかできなかった。

 彼らには胸のうちに秘めておけず、行動することでしか発散できない想いがあった。デタラメな行動が必ずしも良いとは限らないが、その熱意はとても羨ましくはあった。
 もっと自分のことに置き変えて考えていかなければならない。
 

 

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